年月

    このスプーンは金沢でレストランを営んでおられる方から補修を依頼され送られてきたものです。これは確かに私が十五年ほど前に作ったスプーンでした。金沢に納品に行った時妻のお腹に息子がいたので覚えていました。

    私の妻が大学時代にこのレストランでアルバイトをしていたのが縁で依頼していただいたものでした。

    妻がアルバイトしていた当時は金沢の片隅でマスターとアルバイトの私の妻二人で切り盛りする数席のカウンターのみの小さな小さなレストランでした。場所も恵まれているとは言えず商売として成り立つものかと素人考えで首を傾げたのを覚えています。

    しかしこの方の独特の美意識から来る料理の数々は多くの人を魅了しあれよと言うまに金沢でも名の知られたレストランとなり今では東茶屋街にお店を構えるほどになりました。

    まさに私が憧れてやまない裸一貫、腕いっぽんを絵に描いたような人生を歩まれた方なのです。

    届いたスプーンはさながら流木のような佇まいを見せていました。十五年毎日毎日使い込まれることにより摩耗し変形しここまでの枯れた姿になるのかと驚きました。

    私の手から生まれ腕いっぽんの方の元で使い込まれ道具としてこの上もない人生を歩むことができたスプーンたち。ありがたさで胸がいっぱいになりました。

    それを更にもう一度、甦らせて使いたいと言ってくれたこと。これ以上の作り手冥利に尽きることはありません。

    コスプレマニアとなってまだ二年と半年。十五年を差し引きするとこの十二年半の空白期間に自分は一体何をしてきたのでしょうか?ただただ俯くばかりです。

    思った時に何度でも立ち上がれば良いのでしょうか?わかりません。ただ年月だけが知っているのかもしれません。

    2025年4月13日 |  ,

    腕イッポン日記 2025年 春

    私が腕一本と言う生き方に憧れ、それがどう転んでもできぬ叶わぬ事を知り、だがしかしどうかその見た目だけでも腕イッポンしてみたい!その一心で作業着を着始めて、まもなく二年と半年が経とうとしています。いままで何かを毎日やり続けた事はついぞ無く、過去最長があるとすれば、ゲーム『信長の野望』を一年間毎日やり続けたのが最長でした。(離婚の危機でした。)今回はそれを越えましたー、やったー。

    仕事から帰ると毎日欠かさず作業着に着替えコスプレを楽しんでいるワケですが、我ながら大したもので二年以上も経つと恥ずかし気もなく近所をうろつき回ったり、町内の会合にも作業着姿で顔を出せる程になりました。

    そんな事をしていると時折、人には気易い人がいるもので、あなたはフツーの勤め人のはずでしたがなんでそんなカッコをされているか?とツッコミを入れられたちまち返答に困ってしまうのです。

    そんな時私は苦し紛れに「しゅ、しゅ、しゅみで、も、ものづくりを少々…がれ、がれーじの中…」ともがもが答えるようになってしまいました。

    そして中には更に奇特な人がいて、なるほどそうか、そうかなるほど、それならこうこうこんなものは作れますかな?とあろうことか注文が舞い込んでしまったではありませんか!

    私はうろたえました。だって実はただのコスプレマニアなんですとは誰が言えましょう。

    「わ、わかりました、でき…ます…よ、たぶん…」とやむなくの安請け合いをしてそこから困り果ての毎日がやってきました。

    ものづくりしてる。そうなんです。それはまるきりうそと言うわけではないんです。でも腕イッポンのフリをするための薄っぺらーいものづくりなのです。安請け合いでた易くできるはずもなく、もんもんの日日がこれでもかと続き三月が経ち半年が経ち、待たせに待たせてやがて暦が変わるぞと言う頃ようやくそれらしきものができ上がりました。

    さいわいにも頼んでいただいた人に喜んでいただきこの度、その方のお店で紹介していただく運びとなりました。ほーっ。

    『何事も十年休むことなく毎日続ければ必ず腕一本になれる。』

    かつてこの事をなにかの本で聞きかじった私はいたく気に入り自らが体得した真理かの如く、やってきたかの如く周りの人に受け売って歩いていた事がありました。そして受け売っていた事すらも忘れ十年程も経ったある日、かつてその言葉を受け売られた友人から

    「大野さん、あの十年続けたらってハナシ、あれ、ほんとだったわ。」

    あの時確かに脳天を撃ち抜かれるズキューーンと言う音が響き渡りそれと共に頭が真っ白になり膝から下がすぅーーっとなくなってしまったのを昨日の事のように覚えています。

    十年腕一本。ならばコスプレは十年経てばどうなるか?それがどうしても見てみたくなった二年と六か月目の五十二才の春なのです。

    2025年3月20日 |  ,