このスプーンは金沢でレストランを営んでおられる方から補修を依頼され送られてきたものです。これは確かに私が十五年ほど前に作ったスプーンでした。金沢に納品に行った時妻のお腹に息子がいたので覚えていました。
私の妻が大学時代にこのレストランでアルバイトをしていたのが縁で依頼していただいたものでした。
妻がアルバイトしていた当時は金沢の片隅でマスターとアルバイトの私の妻二人で切り盛りする数席のカウンターのみの小さな小さなレストランでした。場所も恵まれているとは言えず商売として成り立つものかと素人考えで首を傾げたのを覚えています。
しかしこの方の独特の美意識から来る料理の数々は多くの人を魅了しあれよと言うまに金沢でも名の知られたレストランとなり今では東茶屋街にお店を構えるほどになりました。
まさに私が憧れてやまない裸一貫、腕いっぽんを絵に描いたような人生を歩まれた方なのです。
届いたスプーンはさながら流木のような佇まいを見せていました。十五年毎日毎日使い込まれることにより摩耗し変形しここまでの枯れた姿になるのかと驚きました。
私の手から生まれ腕いっぽんの方の元で使い込まれ道具としてこの上もない人生を歩むことができたスプーンたち。ありがたさで胸がいっぱいになりました。
それを更にもう一度、甦らせて使いたいと言ってくれたこと。これ以上の作り手冥利に尽きることはありません。
コスプレマニアとなってまだ二年と半年。十五年を差し引きするとこの十二年半の空白期間に自分は一体何をしてきたのでしょうか?ただただ俯くばかりです。
思った時に何度でも立ち上がれば良いのでしょうか?わかりません。ただ年月だけが知っているのかもしれません。